かわらばん

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     地域企業紹介
かわらばん地域版15号 2011年10月

エイト技工株式会社
   Create The Next Value社員一丸で次代をつくる
「私は、この会社に育てられたんです。100%エイト技工出資なんですよ。」
 相模原市の氷川町で制御システム設計、EMS、受託開発、人材派遣を行うエイト技工株式会社の大坪征弘社長は、笑顔で話始めた。
 1970年、高度成長期に8人の技術者が集まり会社を立ち上げた。人数が8人であること、八が末広がりで縁起の良いことからエイト技工株式会社と称し、電話番号を8並びするなど、8(エイト)へのこだわりには、創業者8人の企業繁栄の夢がこめられていた。
 設立当初は、工場の自動化機械の制御に関わる電気回路設計、機構設計を行っていたが、創業時の混迷の中、数年の間に創業時の8人のうち6人が会社を去り、大坪社長の父である先代社長と常務取締役の2人と、創業後に入社した数名だけになってしまった。
残された2人と数名の社員による懸命な営業努力は、大手メーカーからの受注につながり、売上を伸ばし、新たにものづくり部門としてプリント基板の実装事業を始め、更には、マイコンシステムやPCシステムのソフトウェア開発事業をスタートさせた。42年間の歴史を支えているエイト技工の3本の柱(事業)の礎は、この2人と創業混迷時に入社した社員により築かれたのである。
 手堅い経営で100人の従業員が働く規模となっていた1997年、突然、先代社長が他界してしまう。大坪社長は、先代社長の葬儀後すぐに社長に就任した。エンジニアリング会社に勤めていた大坪社長を決意させたのは、亡き父とエイト技工を支えて来た役員と創業混迷時からの古参社員による「全面でサポートする。」との言葉であった。
 1970年、エイト技工の誕生と同じ年に生まれた大坪社長。8人の技術者が産み、多くの社員に支えられてきたエイト技工。自分を育ててくれたのは、まさにエイト技工であると言う。社長就任で社員に「私は、100%エイト技工株式会社の出資です。」とあいさつした。この言葉には、父と会社を支えてくれた社員への感謝の気持ちとこれからの社長としての決意が込められていたのだろう。
社長就任後、大きな転換を迎える。設立当初からの電気回路設計部門は、発電プラント、などのプロジェクトの受配電盤、制御盤、監視装置のシーケンス回路設計を行っていたが、ものづくりが海外に進む中、実装事業を大量生産から少量多品種に切り変える決断をした。今までとは異なり、待つ仕事ではなく、取りに行くため営業を強化した。しかし、社員への説明に時間を掛けたが、実装事業の半数の社員が会社を後にした。
 「新しいやり方を理解してもらえなかった。」このことをバネに大坪社長は、7年前から社員のモチベーションを揚げるため自社開発の製品づくりを始めた。自社の特徴である異なる3つの柱の総合力を活かし、社員全員で自社製品を製造することで会社をまとめたい。この社長の思いは、今年ついに独自技術を持つ新しい検査装置として完成した。「全社員が一丸となって頑張った成果です。」込み上げる社員への感謝の気持ちが大坪社長の目を潤ませる。
 Create The Next Valueを企業スローガンに掲げた。これからは、日本に残るものづくりに自社の技術を変化、成長させ、更なる価値を提供し続けていくことが大事であると考える。だからこそ、続けていくためにどうすれば良いかを常に社員とともに考えて行きたい。そのためこれからもエイト技工の3つの事業の柱と社員とその家族をしっかりと守っていくことだと言う。
 社員は、子どもたちのために元気なお父さん、お母さんであって欲しい。楽しく仕事に行く姿を見せることが次世代の人材を育てることだと思う。社員の子どもたちにお父さん、お母さんの会社で働いてみたいと言ってもらえるエイト技工でありたい。
 4人の子どもに恵まれ、家族と過ごす休日は、何よりのリフレッシュだと言う。公園で遊んだり、好きな釣りに子供達と出かけたり、自分も子どものように遊んでしまうと笑う。優しさと芯の強さを持つ大坪社長。話をしていると生まれてから今も自分を育ててくれる社員と会社への感謝の心であふれている。8人の技術者がエイトにこめた企業繁栄の思いは、今も受け継がれている。