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     専門家コラム
かわらばん地域版90号 2024年5月

良かれと思った配慮が仇になる
   ~女性の活躍を妨げる無意識の慈悲的性差別~
 少子高齢化が進み、労働人口が減少する日本では、女性の就業や管理職の登用拡大が喫緊の課題となっており、2022年4月1日から女性活躍推進法に基づく行動計画の策定・届出、情報公表が101人以上300人以下の中小企業にも義務化されました。2016年に女性活躍推進法が施行されてから、女性の就業率は、2020年に新型コロナ感染症の影響を受け前年より減少したものの再び増加し、2022年には71.3%に達しています(総務省)。女性就業者の半数以上が非正規雇用である課題は残るものの、取り組みの成果が認められます。一方、内閣府が掲げる2030年の女性管理職比率目標30%に対して、2022年度の課長級以上の管理職に占める女性割合は13.9%と未だ低い水準にあります。

 では、何が女性の昇進を妨げているのでしょうか。阻害要因として、例えば、リーダーシップ開発機会の欠如、非公式な男性ネットワークからの排除、女性管理職のロールモデル不在によるパイプライン問題、リーダーとしての自信や交渉スキルの不足、家庭生活の主体としての責任などが挙げられます。本稿では、女性の昇進を妨げる障壁として近年注目されている「無意識のバイアス(偏見)」を取り上げます。

 「無意識のバイアス」とは、例えば「黒人は暴力的だ」「男は仕事、女は家庭」「女子は理系に向かない」など、日常における体験や見聞きしたことに影響を受け、知らず知らずのうちに脳に刻み込まれる、私たちの偏った思い込みや先入観、固定観念のことです。「管理職は男性がなるもの」といった無意識のバイアスは、その枠組みにはまらない女性管理職を排除しようとする敵対的性差別につながります。露骨な性差別は近年減少傾向にある一方、女性に対する好意的な思い込みが差別につながる=「慈悲的性差別」の存在が指摘されています。「男性は女性を守るべき」というバイアスから、「女性は機械オンチだから、パソコンの設定を代わりにやってあげよう」「子育て中で大変そうだから、重要な仕事からは外しておこう」など、よかれと思って本人の意向を確認せずに行う配慮も性差別に該当します。

 そうした善意による配慮は、社会的に許容されやすく、性差別として捉えにくいですが、女性が能力を発揮したり成長したりするための機会を奪ってしまいます。慈悲的性差別を受けた女性は、「自分がダメなのかも」と不安や自信喪失に陥り、昇進意欲を失うといった悪循環を生み出します。最近の調査では、管理職になりたい女性は12%程度に留まっています。筆者が実施した無意識のバイアス
を測定する心理実験でも、女性は男性以上に「女性を管理職よりもサポート役に無意識に結びつけている」ことが明らかになりました。脳に刻み込まれた無意識のバイアスを完全に解消することは困難ですが、軽減することは可能です。そのために、まずは私たちの中にあるバイアスに気づくこと、そしてバイアスではなく女性社員の意向をもとに配慮を行うことが求められます。

 なお、本題から少し外れますが、最近では、女性に限らず、若い世代で管理職を希望しない人が増えており、管理職になりたくない一般社員は7割を超えています(日本能率協会マネジメントセンター)。管理職の責任が重くなる一方で処遇は下がっている日本の現状を見直し、魅力を感じる管理職のあり方を模索することも喫緊の課題ではないでしょうか。

〇 松田チャップマン与理子 〇
桜美林大学 健康福祉学群/国際学術研究科 心理学実践研究学位プログラム 教授
大中小の国内・国外企業でマーケティングを専門に長年勤務した経験も活かし、ポジティブ組織心理学の分野で「働く人のウエルビーイングと組織の繁栄」に関する研究と実践を行っている。現在は、特に部下の育成を促す上司のコーチングスタイルに力を入れている。
桜美林大学 健康福祉学群/国際学術研究科 心理学実践研究学位プログラム 松田教授