かわらばん地域版62号 2019年7月
働き方改革が目指す真の目的とは?
 企業をサポートし隊シリーズ -専門家編- 浜銀総合研究所 顧問・特任コンサルタント、
SIC経営塾コーディネータ 寺本 明輝 (明るく輝く)
働き方改革はネクストステージへ
人口減少社会に入り、女性・高齢者の活躍、子育て支援、ワークライフバランスなど人財の確保、育成に関する取り組みは、大企業だけでなく中小企業にとっても共通の重要課題となっています。加えて、2019年4月1日より、働き方改革関連法(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律)の一部が施行され、働き方改革の議論が増々かまびすしくなっています。
そうした中、企業が取り組んでいる働き方改革の現状は、残業削減、有給休暇の取得など労働時間に関する法的対応が優先されているように見受けます。とりわけ、社員の労働時間の上限規制により、「顧客との商談時間が減少した」「管理職の負担が増えた」「クリエイティブな仕事を先送りしてしまった」などの現象を招き、困惑している企業が少なくありません。
一方で、働き方改革の目的と言われている〈労働生産性の向上〉に着目し、業務改善やICT導入を図り、生産性を算出する比率の分母にあたる投入量の観点からコスト削減に取り組む企業も増えてきました。
このように、働き方改革の取り組みが、〈労働時間の適正化〉から〈労働生産性の向上〉にシフトしていくにあたり、見落としてはならない2つの視点をあげてみたいと思います。
1.良いものを高く売るビジネスモデルへの変革
生産性を上げるためには、コスト削減と付加価値向上の二つがあります。しかしながら、どうしても短期的なコスト削減にのみ目を奪われがちになります。もちろん、コスト削減は大切なことですが、コストには適正水準というものがあることから一定の限界があります。たとえば、必要以上に人件費を下げたり、協力企業にコスト削減を要求したりすると製品・サービスの品質さらには企業の信頼にも影響を及ぼしかねません。また、価格交渉のイニシアティブが弱いビジネスを行っている企業の場合は、仮にコスト削減を実現し得たとしても、引き続き価格競争にさらされ、コスト削減の効果はすぐに吸収され、生産性の向上につなげることが出来ません。
従って、生産性向上のためには、「一定の付加価値をどれだけ少ない資源で産み出せるか」というコスト重視の効率性のみならず、「一定の資源からどれだけ多くの付加価値を産み出せるか」という付加価値重視の効果性の両面からのアプローチが必要となります。
そのためには、従来の日本企業に多くみられる「良いモノを安く売る」「サービスは無料」という固定概念を打破し、「良いモノを高く(適正価格)売る」「モノとサービスで付加価値を高める」という戦略の転換が求められています。すなわち、高くても売れる商品開発やサービス設計により、ビジネスモデルすなわち儲かる仕組みの再構築が働き方改革の成果を手繰り寄せる重要な視点の一つになります。
2.ワクワク感や幸福感で社員の労働意欲を高める
筆者は、長年ご支援させていただいている『SIC経営塾』における第1回講義の冒頭で「皆さんの会社の社員は月曜日に来るのが楽しいと感じていますか」という質問を必ず塾生にお聞きしています。社員が「働くことは楽じゃないけど楽しい」と感じ、思考・行動することで付加価値が創造されるからです。
『日本でいちばん大切にしたい会社』として有名な伊那食品工業の最高顧問である塚越寛氏は、「最高の生産性向上策は、社員のモチベーションアップ」※i と語っています。
そこで、働き方改革の成果を導く二つ目の視点が、近年、注目されている社員のエンゲージメントです。ウイリス・タワーズワトソン社によると、エンゲージメントは「従業員の一人ひとりが企業の掲げる戦略・目標を適切に理解し、自発的に自分の力を発揮する貢献意欲」※ii と定義されています。
エンゲージメントは、組織と社員という縦の関係、社員同士の横の関係、双方の信頼関係をベースとして、組織と社員がともに主体となって取り組むものです。
社員は、自分の会社がどれだけの価値を社会や顧客に提供しているのか、といった組織の目指すべき姿を信頼しコミットすることで、自らの仕事に誇りを持ち、さらに他の社員との協力を惜しまず行動するものです。このようにエンゲージメントが意味する関係性が高まれば、社員一人ひとりの働きがいが高まり、生産性を高める組織文化が形成されていくものと考えます。
このように、働き方改革の真の目的を〈労働生産性の向上〉の先にある、〈社員の成長と幸福〉と〈企業の持続的成長〉の両立と位置付けることで、改革には時間を要しても、真の働き方改革の成果を得ることが出来るのではないでしょうか。
※ⅰ 1 月 20 日に開催された文屋座ビジネスセミナー「社員が幸せないい会社づくりは、いい世界づくり」における塚越氏の講演より。
※ⅱ 出典) 新居佳英、松林博文『組織の未来はエンゲージメントで決まる』英治出版.2018 年11 月。