かわらばん地域版96号 2025年5月
【第1回】ウェルビーイング経営のすすめ~人的資本時代の新たな経営戦略~
最近「ウェルビーイング(Well-being)」という言葉をよく耳にするようになりました。新聞やテレビ、広告でも見かけますし、なんとなく「いいことなんだろうな」と思っている方も多いのではないでしょうか。
一方で、「それって個人の幸せとか健康の話でしょ?会社経営に関係あるの?」という声もよく聞きます。確かにそう思われるのも無理はありません。でも実は今、企業経営とウェルビーイングは、とても深く結びつくようになってきているのです。
ウェルビーイングは直訳すると「良い状態」です。「幸せ」「福祉」と訳されることもあります。心も体も社会的なつながりも、バランスよく満たされた状態のことを指します。WHOが提唱する健康の定義にも、すでに「身体的・精神的・社会的に良好な状態(ウェルビーイング)」という言葉が使われているほど、歴史ある概念でもあります。
では、なぜ今この言葉が“経営のキーワード” として注目されているのでしょうか。
背景にはいくつかの時代的な要因があります。一つは「経済の成熟」。物質的には豊かになった今、より多くの人が“心の豊かさ”や“生きがい” といった質的な豊かさを求めるようになっています。さらに、「人口減少」や「価値観の多様化」が進む中、いかに一人ひとりが自分らしく働けるか、生きられるかが問われるようになりました。そして、予測困難なVUCAの時代。変化の激しい現代社会では、従業員の心の安定やレジリエンス(回復力)が、企業の持続可能性に直結するようになったのです。
こうした流れの中、企業経営においても「ウェルビーイング」の視点が欠かせないものになってきました。実際、世界ではすでにその動きが制度として現れています。
2018 年に国際規格「ISO30414」が発行され、人的資本の情報開示が推奨されるようになりました。これは「人をコストではなく資本と捉え、投資対象として経営に活かすべき」という考え方です。そして2024年には、「ISO25554」という“ウェルビーイング推進のための枠組み” に関する規格も新たに登場しました。この「ISO25554」は課題先進国である日本が主導して開発・発行されました。事例として健康経営の好事例なども紹介されています。また、日本では、上場企業に対して人的資本に関する情報開示が義務化され、大企業ではすでに「人にどれだけ投資しているか」が企業価値に直結する時代が来ています。
こうした流れは、いずれ中小企業にも波及していくでしょうが、むしろ組織が小さいからこそ、“人の力” が企業の力そのものになるのです。中小企業こそ「人がいきいきと働ける経営=ウェルビーイング経営」に目を向けることが重要なのではないでしょうか。
ウェルビーイング経営とは、従業員の健康や満足度を高めるだけでなく、企業の“体(経営力)” “心(関係者の幸せ)” “社会(存在意義)” の三つの柱を整えることで、持続可能な組織をつくる考え方です。
次回は、実際にウェルビーイング経営に取り組んでいる企業の事例をご紹介しながら、どうすれば中小企業でも無理なく実践できるのか、そのポイントを一緒に探っていきたいと思います。
〇 漆間 聡子 〇
中小企業診断士、ポジティブ心理学コンサルタント、国家資格キャリアコンサルタント、
経営情報修士(MBA)
株式会社B-nO Consulting 代表取締役
ポジティブ心理学を経営に取り入れたウェルビーイング経営の実践を通じ、企業の成長と社員の幸福度向上に貢献することを使命として、2019年に株式会社B-nO Consultingを設立。前職では文系SEとして、主にFA(ファクトリーオートメーション)や組込システム開発に従事。ダブルワークでSE時代にキャリアカウンセリングを行い、実績を重ねてきた。ビジネススクールで経営学を学び、「人」を中心に据えた企業経営を提唱している。
株式会社B-nO Consulting 代表取締役 漆間 聡子 氏