かわらばん地域版99号 2025年11月
人手不足時代の経営戦略──「AI 就職氷河期」が示すもの
日本は今、深刻な人手不足という構造的課題に直面しています。少子高齢化による労働人口の減少は避けられず、特に中小企業では採用難や既存社員の業務負荷の増大が経営を圧迫しています。
こうした中で注目を集めているのが、急速に進化した生成AI です。議事録作成、契約書のドラフト、定型メールや見積書の作成、データ入力など、これまで多くの時間を要していた定型業務をAIが担うことで、人がより創造的・付加価値の高い業務に集中できるようになると期待されています。
一方で、AI 活用が進む米国では「AI就職氷河期」と呼ばれる現象が注目されています。AIが新人や若手社員の担当していた定型的な業務を代替した結果、彼らがキャリア初期に実務経験を積む機会を失い、未経験者向けの求人が減少しているというのです。
スタンフォード大学の研究「Canaries in the Coal Mine?」では、AIへの曝露度が高い職種ほど、22~25 歳の雇用が大幅に減少していると報告されています。つまりAI は、生産性を高める一方で、「育成の場」を奪うリスクも内包しているのです。
もっとも、この現象を単純に「AIが雇用を奪う」と結論づけるのは早計です。パンデミック後の景気変動や過剰採用の反動など複合的要因も存在します。また同研究は、AIを「人の能力を増強するツール」として活用している職種では、若年層の雇用が安定していることも示しています。
要するに、AIが人を減らすか、人を活かすかは、企業の導入姿勢によって大きく異なるのです。
日本の中小企業において、AI導入の目的は人員削減ではなく、限られた人材の生産性を高めることにあります。
たとえば、事務担当者がAI で契約書案を素早く作成したり、営業担当者がAIで顧客ごとに最適化された提案資料を生成することで、AIは「一人あたりの成果を飛躍的に高めるツール」として機能します。
代替されるのはあくまで定型タスクであり、「判断力」「信頼構築」「創造的な問題解決」など、人間ならではのスキルはむしろAI 時代にこそ価値を増すのです。
では、中小企業がAI を活かして持続的成長を実現するには、何が必要でしょうか。
今後の経営に求められるのは、次の三つの具体的な視点です。
①「AI業務の棚卸し」を行う
まずは、社内の業務を洗い出し、「AIで置き換えられる仕事」と「人が担うべき仕事」を区分することから始めましょう。AIを導入する目的を曖昧にしたままでは、成果も育成も中途半端になります。AIが得意な定型処理は任せ、人は顧客対応や意思決定といった“感情と判断” を要する仕事に集中する仕組みを整えることが重要です。
②「AI×人」の教育設計をする
AIの活用が進むほど、若手社員が定型業務を通じて基礎を学ぶ機会が減ります。そのため、AIで作られた資料をもとに「なぜこの内容なのか」を考察させる研修やOJTの設計が欠かせません。AIを“教育の補助教材”として使い、思考のプロセスを言語化することで、次世代人材を育てる場に変えられます。
③「現場主導のAI活用文化」をつくる
AI導入は経営者が旗を振るだけでは定着しません。現場の社員が自ら「AIを使って業務を改善してみよう」と提案できる文化が重要です。小さな成功事例を共有し、社内で称賛することで、AIが“恐れる存在”から“頼れる相棒”へと変わっていきます。
AIは雇用を脅かす存在ではなく、人手不足時代を共に乗り越えるパートナーです。「AIに何を任せ、何を人が担うか」この線引きを設計できる企業こそが、これからの地域経済を支える主役となるでしょう。
〇 奥村 直樹 〇
湘南労務経営 代表
公的中小企業支援機関の現場で10年以上にわたり多種多様な企業の創業支援・経営改善支援に従事し、独立開業。「人を活かし、人を育てる経営」の実現をサポートするため、経営が分かる社会保険労務士・労務が分かる中小企業診断士として活躍する。
湘南労務経営 代表 奥村 直樹